『リベラリスト』マガジン0の感想。

 

私も幽霊部員(部員でいいのか?)として所属するCRACが、先日の東京レインボープライド(下記参照)に出展したブースで販売した「リベラリスト」の創刊号のインタビュー記事の感想を書こうと思います

tokyorainbowpride.com

 

下記に公開されてますので是非読んでみてください。

 

 以下感想。

1980年代後半、すなわちレーガン政権下でなおかつ前半の不況と、

レーガンの積極財政政策名のもとに行われた政策も一因となって、

大きな株式崩壊があり、不況で且つ新自由主義が跋扈し始めたアメリカで、silence=deathのピンクトライアングル(参照:SILENCE = DEATH)を掲げる一団が出てきたという説明からこのインタビュー誌面はスタート。

 この集団はACT UP(派手にやれ)を合言葉に当時の同性愛者たちに蔓延したエイズ禍と闘い、そして当時の新自由主義の走りであり、福祉政策に対してなんら理解のない時の政権と、儲けのみを追及する製薬業界から薬と福祉を勝ち取るため闘っていく。

 今回のインタビューはその運動の歴史について追ったドキュメンタリー映画「United in Anger A History of ACT UP 」の制作者、サラ・シュールマンとジム・ハバードに

高橋若木さんが質問をぶつけていくという形。

まずは初期のACTUPというものがどういうもので、そして現在のCRACがやっている反ヘイトはどういうものかというものに話が絞られている。

 これら質問、会話の中で、非常に示唆的だと感じたのは、高橋氏がCRACなど反ヘイト運動に見いだせる、新たな運動の形、それは、何か団体として合意形成を会議などを通じて図って統一的な団体の動きをするという従来の「左派」の団体の動きではなく、ボトムアップでそれぞれが同時多発的に自分の政治的表現をしていくということを説明し、だからこそACTUPに勇気づけられるという話をすると、このことは、ACT UPのやり方とリンクをしていることにサラ氏は同意しつつ、さらには合意を無理やり作ろうというのは左派の大きな間違いの一つであると言及している。

 この個人の独立の上でのボトムアップということ、それを30年前に「成功」した運動で行われていたというのは、本当に勇気づけられることであるし、また、これ自体、組織運営であるとか、物事の進め方として、非常にむつかしいのではあるけれどボトムアップの理想形であるように思える。

 その次は運動がどう質が変わっていったかという話になっていく。

 運動の質の変化として、エイズによる製薬会社の儲けと、それによって社会の再生産構造の一部、市場ととなったことで、ゲイの運動も資本主義社会に取り込まれ、いかに「社会に似ていくこと」ができるかによって権利が増えるか否かが決まってしまうようなものになったとサラとジム氏は語る。

 これについては、その市場をどこが握るか、資本主義の中に入っていた時にどこがトップをとるかということが非常に重要であることを示唆していないだろうか。

 CRACがTシャツを売るのも、CLUBCRACを開くのもこの点もあるのか、と思わされる。資本主義に取り込まれACTUPが上手くいかなかったことを教訓に(実際には知らないうちの嗅覚のようなものだろうが)、CRACは逆手に取ろうとしている。

 さらにアキラザハスラーも交え対談は進むが、それは必然と震災以後の運動、日本の状況の話となっていく。どうしてACTUPの映画が日本に受け止められたかの話へ。

 その中で日本にあった政府を信頼する文化と、それが震災によって崩れ去った時に、映画を見た日本の人々は、どう政府に言えばいいかということを映画の中から、「怒りの表現」として見出している、そこに震災以後の怒りの運動を見出していることが語られていく。怒っていいのだということ。

 最後には世界的な人種差別と反ヘイトとのせめぎあいについて語られ、自分たちだけが反ヘイトのため闘っているわけではないからこそ希望を捨てるには早いということが語られ、対談は終わる。

 世界で不当なことに怒る人々がいることに希望があるということ。怒りを表現すること、それによって社会を変えていけることがこの対談から様々な形で読み取れる。

 

 まとまらない感想というか文章になってしまったが、最後に。

 ここにおける怒りの表現をしていくことで社会を変えていくということについて、非常に今、必要であることであると思う。

 今の社会のヘイトの渦巻いている状況、新自由主義の跋扈、そして闘わないことを誇り闘うものを笑う人々。これらに対して、怒ってもいいのだ。怒ることで連帯し社会に本当に必要なものをここに作っていけば、おのずと変わってくるのだと感じられた。

 本当に皆さんに読んでいただいて、ぜひいろいろと今の状況、自分の怒りの持って行き場を見出してほしいと思う。

 

長文乱文、失礼しました。