個人的な語りとして

みなさまお疲れ様です。

 

11月4日に東京大行進の運営の末席としてかかわらせていただきました。

今回わたくしにご協力をいただいた方々、ご迷惑をおかけした方々、

本来であればおひとりおひとりのお名前を挙げるべきではございますが、

この場を借りまして、御礼とお詫びのご挨拶とさせていただきます。

 

思えばこの一か月、これと仕事以外で何をしていたかといわれると

あまり思い出せません。鴉だから鳥頭なのもございますが。

 

東京大行進の後片付けはまだ続いておりますので、

なにかとお待ちの皆様には、まだ振り返るのは早いかもしれませんが、

雑感を書かせていただきます。

 

今回は私は応援メッセージ動画を撮影者の沼さま、大阪の仲パレの撮影者様の

ご協力をお借りしつつ、行いましたが、

やはり京都まで行ってお話を伺った中村一成様のお話は忘れられません。

 

京都朝鮮学校襲撃事件を踏まえて、この社会に根強い、差別意識と制度的差別について

お話をいただきました。

意識でいえばザイトク会のような、ヘイトスピーチ

学校前での差別街宣(1200万の賠償命令がヘイトスピーカーに大阪高裁より判決が下り、現在被害者とザイトク会は係争中)であり、

制度でいえば、日本政府のあまりに冷淡な民族教育へのアクセスの阻害、

中でも朝鮮学校無償化排除であると思い起こされました。

この二つはこの国の差別の両輪であり、それを挫くべく東京大行進はあるのであるという思いを強くしました。

 

当日は2800人もの方にご参加いただき、その一人一人の方を拝見させていただき、

おそらくは仲たがいをしているであろうひとも、差別には反対だと歩くというのは、

真に自立した人間であり、尊厳を守る人間であるというのはどういうことか

ということに思いをはせました。

二十代前半の私が、親世代の方々と一緒に東京大行進を運営させていただき、

下の世代の方々も手伝っていただき、本当にありがたく思っています。

 

至らない点は多々ありました。

物議を醸している、チマチョゴリの制服を復活させたいという発言をしたのは、僕です。

言葉が足りませんでしたが、僕は「チマチョゴリの方も安心して歩ける社会」を復活させたいという意味で申し上げたつもりではありましたが、

言葉があまりにも不見識であり、この場を借りて謝罪申し上げます。

そこでやはり仲パレのぼんさんのことば「だれがおってもええやんか」「道の真ん中を歩いてやった」という言葉選びのすばらしさ、力強さに敬服するとともに、

もっと私は勉強しなくてはならないと思いを強くします。

 

つまらない文章になってしまいました。

アフターパティがクラブ初体験だった私はどうも堅物でいけません。

楽しいことをしかめっ面で企画するところがあるのです。

 

東京大行進は来年、多様性を祝うものとしてか、差別を撤廃するものとしてか、

行うにしても社会の状況次第というところはございますが、

なるべくレイシストと参加者を誹謗中傷する方々を除き

多くの方に参加していただきたい次第であります。

また、東京の路上で。