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東京に想う。

今日はこの本を読みました。

 

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

 

 

脱原発の集会に行き、ただ、何となく手持無沙汰だったので(知り合いも多くないですから)

この本を読んでいました。

 

東京の町、しかも僕がたまに訪れた街、呑み明かした街での関東大震災での虐殺について、詳細に、克明に、学術的にまとめられていました。

この本を皆さんに読んでもらいたいからこそ、

ここではあまり内容を明かさないようにしようと思います。

ただ、本当に、「生活の中で行われた虐殺」というものがいくつも紹介されていて恐ろしくなりました。そのなかで、「隣人を守ろうと立ち上がる数少ない人」というのに、僕はどうにかして彼らのように勇気を持てないものかと思いました。

ある女性はひとりの朝鮮人が殺されそうになった時に民衆の前に立ちふさがります。

「こういうことはいけません」と。

ある人は「俺を殺してからにしろ、指一本触れさせないぞ」と啖呵を切る。

 

そういった勇気にばかり目が行く一方で、無造作もなく殺される人々の描写。

 

今日は、東京大空襲の日です。東京の中をその時に虐殺して回った人間も、

今度は虐殺されたのでしょうか。この東京という街の呑みこんでいった人々の血と炎というものが時々恐ろしくなります。

 

あと二日で3月11日。

 

人の死というものはいつになっても慣れないものです。

あの身体の冷たさというものに僕は耐えられない。

 

春を待つ。